なぜ愛される?三国志の世界

21世紀の現代。その発達し、進化した世界の中で1800年前、2~3世紀に起きた歴史が未だに衰えない人気を誇っています。その名は「三国志」。実際にあった人間ドラマに様々な脚色が施されて、本場中国では日本の「ももたろう」や「浦島太郎」のように誰もが知っている物語として日常生活に溶け込んでいます。では、現代日本にあって、中国の歴史であり、さらには春秋戦国時代や秦の始皇帝や項羽と劉邦、水滸伝(北宋末期を題材にした物語)など、他の時代よりも注目されるのはなぜなのでしょうか?

ひとつには主要人物数百名という規模の大きさがあります。かつて、小説である「三国志演義」の登場人物を事典に収めた本が発売されましたが、その厚さは国語辞典か六法全書かというくらいのボリュームで、個性溢れる登場人物の中から魅力的な人物を見つけ出すことができるのが大きな特徴です。

ゲームや漫画などで英雄達のキャラクター像が掴みやすいのも、親しまれる理由のひとつでしょう。特に、ゲームの世界では武将の能力が数値化されているため、どんな人物かを想像しやすいことが大きいでしょう。最近ではアクションゲームで群がる敵をバッタバッタと倒していく豪傑気分を味わえる要素も加わったので、物語のストーリーは知らなくても、人物の大まかなイメージは掴めるようになっています。

戦国乱世と平和な現代との相違点と共通点

日本の戦国時代でも同じことが言えますが、小さなミスひとつで国(勢力)が滅びる緊張感ある時代でもありました。今の仕事でちょっとのミスのために処刑されるなんてことはありませんが、三国志の世界では判断一つを誤れば、自分だけでなくその軍全体が大敗北を喫することもあるわけで、まさに命がけで仕事をしている時代だったといえるでしょう。

また、今の世の中との共通点を見出すこともできます。槍や弓を持って戦いに出ることだけが三国志の世界ではありません。その歴史や物語の中には、人と人との結びつきや反発、心の葛藤など、今の私達と同じコミュニケーションの大切さや良き職場への転職、上司や先輩とのつきあい方などを学ぶこともできるのです。

様々な「三国志作品」が世に出ている今、正史の「三国志」からその世界に入る方はごく僅かでしょう。ゲームで親しみを持っても、小説などのストーリーとしては興味がないという方もいらっしゃるでしょう。しかし、どんな形であれ触れることができた先人達の歴史に少しでも興味と関心をもって、現代を生きるための参考にしてみてはいかがでしょうか。

生まれながらにして苦労をしなくていい立場にいる人でも、自分や組織の維持・発展に力を注ぐものです。劉備の息子・劉禅はその努力をほとんどすることなく、乱世とは思えないお気楽人生を過ごした人物です。しかし、後世に「阿斗=愚か者」と評されることになってしまいました。

現代の日本は、終身の正規雇用から非正規雇用へと雇用関係が劇的に変化をしています。アルバイトやパート・派遣社員などの割合が正規雇用を上回る日も近い勢いで増えているのはご存知でしょう。三国時代の雇用関係も、決して安泰とは言えない不安定なものでした。

今の事業やプロジェクトが軌道に乗っていると、新たなことにチャレンジする機会も増えてきます。そんなときに気をつけたいのが、「足元をしっかりと固めること」。本拠地を失いかけた曹操は、部下の助言もあって、他国への進軍をやめ、本拠地防衛に成功して足場を固めています。

新しく組織に入ってきた人間が高い評価を得ているとき、その実力が気になって仕方がない人も沢山います。そんなときは余計な衝突を避けるための適度な「ヨイショ」も必要ですし、円満に事が運ぶなら、有効な手段となります。